パドヴァのとっておき。

北イタリア・ヴェネト州パドヴァより、料理や季節のおいしい情報を中心に、日々のできごとを綴ります。



イストリアのオリーヴオイル :: 2009/11/30(Mon)

パドヴァの老舗カフェ、カフェ・ペドロッキCaffè Pedrocchiの一角で、クロアチアのイストリア地区のオリーヴオイルとワインのミニ展示会が行われている。

イストリアは北東イタリア側トリエステからスロベニアを通ってクロアチアに入った三角地帯。
この地区のオイル生産は、古代ローマ人からの歴史がある。現在オイルを生産する木は10,000本とされている。

生産量から見るとそれほど大きな産業とはいえないだろうが、土着感の強いものだと想像する。消費もほとんどがこの地区及び隣接するスロヴェニアでまかなわれているとのこと。

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会場には15業者のオイルが持ち寄られている。小さな展示会だけあって、生産者が横にたち、オイルの試飲をさせてくれる。
小さなカップに入れたオイルを手で覆って温めることによって香りが開いてくるのだ、と正しい味見の仕方を教えてくれ、その通りに実践すると、温度によってオイルの風味もどんどんと変わるのが判っておもしろい。

いくつか味見をさせてもらったが、軽い風味、口に含んだ瞬間はサラリとして喉を通ると心地の良い刺激が残る。クセがあまりなくて何度か訪れたこの地域の夏の青い海を想像するような。。。これは単なる先入観か??

この週末から、毎年恒例の大きなクリスマスツリーのイルミネーションが点灯した。パドヴァのそれはそれほど華美ではないものの、周囲の建物と調和していて美しい。

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カフェの値段 :: 2009/11/27(Fri)

街のあちこちにはバールあり。中心地でなくて住宅地のなかでも、少し歩くとバールにたむろする人々の姿、というのはよくある光景。

パドヴァ市内には300軒以上のバールがある。現在、平均的なカフェの値段は0.8~1.0ユーロ。

たいていは、カウンターでの立ち飲みとテーブルについた場合には値段が異なる。ここ写真のバール、チェントロにある“Milk Bar”は立っても座っても値段は変わらないという大変珍しいバール。カフェは1ユーロ、カプチーノは1.1ユーロ。カプチーノは泡が細かくしっかりとしていて、良質。

60年代創業のアンティーク調な雰囲気の残る、広々としたカフェ。

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ヴィニエラ・ナーヴェ・デ・オーロVineria Nave de Oro :: 2009/11/20(Fri)

ヴェネツィアへ出かけた際によく店の前を通りながらもなかなか買えなかった気になっていたもの。ワインの大きな樽、ダミジャーノdamigianoがずらりと並んだワイン店。

店は小さくて、いい感じに年期の入ったダミジャーノが所狭しと並ぶ。地元の人がガラスの空ビンやペットボトルなどを片手に出入りするのを羨ましく思いながら眺めていたのだが、先日、何気に通りかかった際になんとなく足を踏み入れてみようという気になって、ふらりと立ち寄ってみた。

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店奥に大きくかかれたTORBORINO(トルボリーノ) という文字に惹かれたのがその理由でもある。聞くと、ワインになる手前のもの。アルコール度も7-8℃くらいのものでワインとは呼べないものらしい。ブドウを絞った果汁、モストよりはアルコール度は進んでいるが、ワインになる一歩手前のもの。今はちょうどノヴェッロの時期なので、ここんも新鮮なものが並んでいる時期といえる。

しかし、残念ながらこの日は売り切れ。
iブドウのオリジナルはここ周辺だというが、フリウリ産のマルツェミーノMarzeminoを購入。ほんのりと甘くて香りも味も甘いフルーツのよう、そして美しい色合い。

店名は、“黄金の船”。やっぱりヴェネツィアらしい名前。

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Cannaregio 4657, Venezia
Tel; 041.5227872


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ダニエル・マイレット彫刻展 :: 2009/11/18(Wed)

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パドヴァのチェントロを歩いていたら、通りすがりのサン・ロッカ祈祷所Oratorio di San Roccaの入口が開いていて、こちらを見つめている彫刻像が視界に入ってきた。

夕暮れ時だったせいもあり、照明された内部の美しい壁画の中に、存在感たっぷりに居坐る東洋的な香りのする彫刻がとても印象的。思わず引き込まれるように近づいてみる。

アーティストのダニエル・マイレット、スイスで生まれその後イタリア→ブラジルへ。もともとは絵描きだったのだが、ブラジルにて彫刻を始める。情熱的な勢いのある、テラコッタの作品が彼の特徴らしい。


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トルチェッロ島Isola di Torcello :: 2009/11/17(Tue)

ヴェネツィアに人が住みつき街となった最も古い場所。

その歴史は5-6世紀、ローマ帝国時代のこと。
アルティナータと呼ばれるヴェネツィア近郊の原住民、そして主に西側ヨーロッパからの民族移動により漂着したランゴバルド人が、同島の原住民とされている。

島は商人の町へと確実に変化しつつあるヴェネツィア共和国の玄関口として、近郊の島、マッツォールボMazzorbo、ブラーノBurano、アンミアーナAmmiana、コスタンツィーアCostanziaなどとともに、街として発展。

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7世紀中期には、司教座として、サンタ・マリア・アッスンタ聖堂の建築が始まる。(現存の形として改築されたのは11世紀)この大聖堂は現在、この島の代表的な建造物として多くの人々を魅了しているもの。大聖堂の壁、天井を埋め尽くすモザイクは圧巻。

さて、この時代には、20,000人以上の住人がいたと記録されており、島にはガスタルドと呼ばれる土地管理人やポデスタ呼ばれる司法官などのヴェネツィアの役人の居住地として指定されるなど、ヴェネツィア共和国の重要な島として繁栄。11世紀にはサンタ・フォスカ教会の建築も開始。

しかし、15世紀以降、当時ヴェネツィアで蔓延したペストがこの島を襲います。それ以前はローマ時代に建築された建造物からの石材などを切り出しが盛んに行われていたのですが、1429年にはドージェにより、これをも中断するように指令が出され、島は孤立、衰退を始めます。

こうして、司教区はトルチェッロからムラーノに移され、されにはヴェネツィアがオーストリアの傘下となった1818年には、他地区と同様に単なるヴェネツィアの一区となった。

その後、再度マラリアが蔓延、さらに住民は減少、19世紀中期には300名強、現在は20人弱ほどがこの島に住んでいるのみ、とされている。

ヴェネツィアのまた違った魅力ある一面。

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