パドヴァのとっておき。

北イタリア・ヴェネト州パドヴァより、料理や季節のおいしい情報を中心に、日々のできごとを綴ります。



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オステリア・デイ・ファッブリosteria dei fabbri :: 2010/02/21(Sun)

パドヴァチェントロでもその中心部にあるパラッツォ・ラジョーネの南側の広場、ピアッツァ・デッレ・エルベpiazza delle erbeからゲットー地区に入ったすぐ、同店名と同名の通り、ヴィア・デイ・ファッブリvia dei fabbriにあるオステリア。

パドヴァの古い静かな街並みには必須の光景、ポルティチ(柱廊)の下にある気どりなく入れる佇まいも個人的には好み。

ピアット・ティピコpiatto tipico、つまり地元料理を中心としたメニュー構成。メニュー表として手渡されるのは、季節ごと、日替わりで変わるメニューが、定番料理と並列に手書きでコピーされた一枚の紙切れ。

季節メニューの変化は、同店からほど近いピアッツァで毎朝開かれるメルカートで仕入れられるもの。ヴェネト特有の季節の野菜を使ったメニューなどが楽しめる。

この地区には個人的に好みのとする店が何軒かあるのだが、ここもそのひとつ。
定番料理のサルデ・イン・サオルsalde in saor(イワシのエスカベッシュ)はアンティパストとして。

プリミにはパスタ・エ・ファジョーリpasta e fagioli(インゲンマメのパスタ)は必須。ヴェネトのインゲンマメは赤紫と白の斑模様が特徴のインゲンマメを使用。品種としてはボルロッティborlottiやラモンlamonと言われるものが主流で、これらを香味野菜などと煮込んで裏濾すのがここ流。
パスタは写真のような小さな筒状のパスタ、ディタローニditaloniやタリアテッレtagliatelleなど幅広パスタを細かく砕いて使うなどする。

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これは、訪れた日にある手書きメニューのパスタ・エ・チェーチpasta e ceci(ヒヨコマメのパスタ)。冬の定番野菜であるチーマ・ディ・ラパcima di rapaが加わっていて予想と違う仕上がりだったが、それなりに美味しい。この野菜、独特の風味あり。日本でいうところの何か漬物菜的な独特の臭さ(良い意味で)が、大変好みの冬野菜のひとつ。

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そしてビーゴリ。
合わせるのはここではお決まり2種。コン・ラグー・ディアナトラbigoli con ragù d’anatra(カモの煮込みのソース/foto)かイン・サオルbigoli in saor(タマネギとアンチョビのソース)で。

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ビーゴリとは、ヴェネト特有のパスタで太いスパゲティ状のパスタ。全粒粉や一部地域ではそば粉を使うとも言われている。真の“手打ち”の場合はもちろん手で伸していくのだが、マシンを使う場合には腰掛ける台つきの、特殊な押し出し機の様なものを使い、太い穴に通して成型する。
内部がブロンズでギザギザ模様が入っているものが本来で、こうすることによりパスタ表面がザラザラ・デコボコに仕上がりソースの絡みが断然に違う。上記2ソースともこの太いしっかりとした食感のパスタに負けないしっかりとした味つけが程良く合う。
この押し出す作業はかなりの力作業。現在市内のレストランで本当に厨房でパスタをつくっているところなど、正直ないのでは、と思う。

さらにはセコンドにはやはり定番、季節柄的にもはずせないのがバカラ・アッラ・ビチェンティーナbaccalà alla vicentina。干しタラをアンチョビ、タマネギ、牛乳で煮込むビチェンツァ風。

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ネーロ・ディ・セッピアnero di sepia(イカのスミ煮)などをはじめ、今の時期だとトリッパの煮込みやオッソブーコの煮込み等、様々な料理が並ぶ。これらセコンドには必ず添えられるのもお決まりのポレンタ。

地元の人から観光で訪れる人もこの店の雰囲気に引き込まれるように、昼・夜とも常に席はよく埋まる。

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Osteria dei Fabbri
Via dei Fabbri 13, Padova
Tel;049.650.336
日曜定休


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ラディッキオ・ヴァリエガート・ディ・カステルフランコ Radicchio Variegato di Castelfranco IGP :: 2010/02/19(Fri)

ヴェネトの冬の食材の代表選手のひとつがラディッキオという野菜。

独特の紫色と白のコントラスト、細くくるりと内側に曲がった葉と筆のような変わった形状がその特徴。
ラディッキオというと、最も特徴的なのがこれで、トレヴィーゾ産のもの。また、色合いは同様だが丸いボール状のものはキオッジャ産、筆を根元から太くしたようでさらに葉が広がっているのがヴェローナ産。同じラディッキオでも、各地で形状の異なる面白い野菜だ。そして、それぞれがIGP(Indicazione geografica protetta)=原産地呼称表示を得ている。

そのラディッキオのうちでも少し異色なものがこのカステルフランコ産。1996年にIGPを取得した。

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下の写真、カステルフランコ産の上側にある丸いのがキオッジャ、ひとつ空のカセットをおいた右隣がトレヴィーゾ産のもの。


“カステルフランコ”と名がつくものは、ここパドヴァ県内19市、トレヴィーゾ県内25市、ヴェネツィア県内8市内で生産されたもののみに使われる呼称。
ちなみにイタリアでいう自治体区分けの“市”は“コムーネ”といい、日本の感覚でいう“市”とはちょっと違い、かなり小区域分割となる。
もちろん、カステルフランコという場所がトレヴィーゾ県内にあり、その土地に由来していることからその名がつけられている。

形状は芯から外へ広がった大きなバラの花のよう。クリーム色の葉に所々明るめの紫色の斑点が入っている。
味は甘いながらも少しほろ苦味を感じるもの。そこが美味しいところ。一見レタスのように見えるが葉は厚みが適当にある。仲間としてはチコリの仲間。

野菜としての歴史は浅く、1800年代後半に、ラディツキオ・ロッソ・ディ・トレヴィーゾradicchio rosso di treviso(=トレヴィーゾ産赤ラディッキオ)とチコリとの交配によって生まれたもの。
現在では地元野菜として定着しており、地元農産業への貢献度も高い。おおまかだが、年間(1シーズン)200トンの出荷がされており、そのうちの5%は海外へ輸出されている。

食べ方としてはやはり生でサラダに。加熱してパスタやコントルノ(付け合わせ)等にして。

パドヴァの毎朝メルカートのたつピアッツァ・デッレ・エルベでは、昨年夏ごろから、目ルカートで排出される生ゴミを収集する方法が変わっている。
地面をくりぬいて穴をつくり、大きなコンテナとなっている。ここへどんどんとゴミを投げ込むことができる。以前はピアッツァの端に山となっていたゴミ(もちろん、すぐに回収されるのだが)は見た目にも臭いもけっこうなものだったが、このおかげで現在はすっきりとゴミの回収が可能。ゴミ収集を担当するAcegasApsの職員がメルカートの開閉店とともに作業を行っているので、常にきれいに保たれている。

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  1. 料理・素材
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ヴェネツィアカーニバル終了 :: 2010/02/17(Wed)

2月6日から始まったヴェネツィアのカーニバルも今日16日最終日を迎えた。

2010年の今年はこのカーニバルを訪れる観光客も昨年よりも多く、特に人出の多い週末には記録的な数字(第一週末/6-7日;150,000人、翌第二週末/13-14日;250,000人)の動員だったそう。
ただし、地元ヴェネツィアーニにとって、住民にとってはこの期間中は普通に動くのが大変な期間。サンマルコなんて絶対に近づかない!行ったこともないわ!と豪語する人多数。

とはいうものの最終日のサンマルコ広場。日を追うにつれて仮装する人の数は増え、そして本格派も登場。そしてそしてそれらをカメラに収めようとする人々の数。撮られるほうもこれは慣れたもので、カメラを向けるとニッコリとポーズをきめてくれる。

中世の貴族を模したものはかなりの定番型。

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自作の(たぶん)衣装で笑いを誘うもの。

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おとぎ話の中から抜け出てきたようなどこかしら怖かったり、そして個性的な衣装。
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子供たちは動物の着ぐるみやら、本格的にお姫様の格好をした女の子も。立ち姿がキリリとし、“サマ”になっいるのには脱帽モノ。個人的にはこのあと、柱の影でお母さんのつくったパニーニをもの凄い勢いで頬ばっている姿が子供らしくて可愛くて思わず見入ってしまった。

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そして、この可愛く凛とした女の子の横になんだかちょっとサエナイ風の男の子とのコントラストが微笑ましい。この男の子は不本意だったが彼のお母さんが無理やり横に並べた。イタリア人男性と女性の姿を捉えているかのようで可笑しかった、これは。お姫様とプーって。。。写真では腰に手をあてているものの、その直前まで半泣きだったの、この男の子。。。

サンマルコ広場の両脇のポルティチ(柱廊)下に腰を落ち着け、向けられるカメラに優雅に応えているのはプロなのか。

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来年もまた、この美しいヴェネツィアの一面であるカーニバルが同様に訪れるであろうことを楽しみにしたいもの。


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バジリカ・デル・サントBasilica del Santo :: 2010/02/15(Mon)

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パドヴァの要所としてはずせないのがバジリカ・デル・サントBasilica del Santo(サンタントニオ教会)。

ここに祀られている聖アントニオはパドヴァの守護聖人であり、そして奇跡を起こした人として大変に崇められていることもあり、ヨーロッパ各地から参拝者が訪れる、“聖地”となっている。ちなみに”サントsanto”とは、この聖人の名称であり、地元の人たちにはこちらで親しまれている。

彼の起こした“奇跡”とは、様々な云われがあり、また著書も多く出版されている。本当のところは誰も知る由もないのだろうが、生存中には50言語を話したとか、一度亡くなった子供を触れただけで生き返らせたとか、、、。

ポルトガルのリスボン生まれの聖アントニオは、1231年6月13日に死去。その翌年5月にはバジリカ・デル・サントの建築が始まっている。「神はこの地パドヴァに偉大なる聖アントニオを送りこみ、しかしながら彼はここに生きたのではなく、常に空に、天に生きていたのだ。。。」とパドヴァの歴史本には記されているらしい。

そして、聖アントニオは“奇跡を起こす人”という意味の“タウマトゥーゴTaumaturgo”という称号(?)が与えられている。伊和辞典をひいてもこの“taumatugo”という訳には注釈で“パドヴァの守護神、聖アントニオを指す”ともされているので、広義の意味でも、この言葉は彼にあてはめられたものなのかもしれない。

様々な奇跡を起こした偉人は36歳の若さでこの世を去った。手足が長く細く、身長は約170㎝、そして極度の鉄分不足だったらしい。
また、この際に明らかにされた死因はマラリアまたはリュウマチを患ってのもの。

現在、サンタントニオ教会には聖アントニオの墓が置かれており、残されている舌が公開されている。なぜ“舌”なのだろう、といつも不思議に思っていたが、“舌”は彼の教えや言葉を発する手段であったものだとされて、特別に信者に公開されているもの。

さて、この聖アントニオになぜ今注目したのかというと、1981年以来29年ぶりに聖アントニオの遺骨が公開されるから。
この裏には、大変に深刻なパドヴァの観光業界の落ち込みがある。現在でも敬虔な信者の訪れる地ではあるが、やはり時代の変化か参拝者は激減。世界の観光都市ヴェネツィアと観光、商業の都市ヴェローナにはさまれているパドヴァは、多くの素晴らしい遺跡があるとはいえ、やはり話題性に欠ける。そんな理由からサンタントニオ教会への参拝者は貴重な観光資源でもあるのだ。

ということで、2月15日から20日までの1週間弱、遺骨を公開。これをヨーロッパ各地に向けて宣伝をしているらしい。予想動員数は200,000人を見込んでいるらしい。

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教会前には中でお供えするろうそくや、聖人にちなんだ置物やら小物やらを売る露店がいつも並んでいる。ちなみにここでろうそくを購入しても、中ではろうそく置き場に置くだけで、火を灯すことは禁止されている。
このろうそくを買った友人(日本人)は、これを教会内に置いてくることなく、“火を灯せないのなら。”もったいない、という理由から家持ち帰った。私もそれには賛同。きっと使いまわししてるよねぇ~、翌日にはきっとあの露店にまたぶらさがっているはず、と思う自分にはきっと罰があたるかも。


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ミッルーミノ・ディ・メーノM'illumino di meno :: 2010/02/13(Sat)

パドヴァ市では2004年以降、2月12日をミッルーミノ・ディ・メーノM'illumino di menoとして、省電力を働きかける日が設けられている。

企業、団体、学校、市民それぞれが電力消費について考えるエコ運動の一環として取り組まれているもの。具体的な動きとしては、単純に18時以降は家庭、会社、店舗などの電気を消そう、というもの。

土曜日の18時といえば、オフィスは当然閉まっている時間だが、パドヴァ市では、市内各モニュメントの照明を極力抑えるなどの対策が打たれた。

その他、町中にはいくつかのテントが設けられ、イベント的に省エネを呼び掛けたり、市内のいくつかのレストラン、バールは消灯し、ろうそくの灯りでこの一夜を演出したりとする運動も。

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土曜日夜、チェントロのカフェ・ペドロッキもろうそくの灯りが。これはこれでなかなか幻想的でよい雰囲気。


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