パドヴァのとっておき。

北イタリア・ヴェネト州パドヴァより、料理や季節のおいしい情報を中心に、日々のできごとを綴ります。



サンマリノ共和国とアレンゴの記念日 :: 2014/03/27(Thu)

世界で5番目、そして最古の共和国である、サンマリノ共和国。

国土は60㎢ほど、人口は30,000人の小さな国。イタリア半島の中部、アドリア海側にある小さな小さなこの土地に、所用あり、訪れることになった。

今回の訪サンマリノは2回目。一度はすごい大雪の日に行ったがために、何も観ることもなく帰ってきた記憶があるが、この日は土地の人の道案内にて、さらに運よくお天気にも恵まれた。

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サンマリノの原住民はアドリア海対岸のダルマシア(現クロアチア)からのローマ・カトリックの迫害からの逃亡者。聖マリーノであり、国名となるベースでもある。

たまたまこの日は、3月25日でサンマリノにとっては、お祝いの日。アレンゴの記念日といって、直接民主制度の祝日。アレンゴという、サンマリノ独特の呼び名で、10世紀も前から受け継がれる直接民主主義制度の生まれた祝日だ。

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街の中心であるリベルタ広場前には、正装した軍隊によるセレモニー。そして高い位置にあるロッカからはセレモニーの始まりと終わりに大砲が放たれる。

3種に装束された軍隊は、庶民、貴族、国家に分けられたものだ、と聞いた。

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小さなこの小国家、非常に興味深い。

まずは、国内を分ける行政区域。イタリアでは、プロヴィンチャやコムーネと言われるのが、ここではカステッロ(城)と言われる。

いわゆる旧市街地的な場所は、サンマリノ(チッタ・ディ・サンマリノ)と呼ばれていて、周囲を壁に囲まれる。内部は小さな坂道。平地となる部分は非常に少なく、さらには標高800mくらいなので、(イタリア)平野部とは気温差が5度くらいあったりもする。

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国内はもちろんイタリア語が公用語だし、有効通過はユーロ。とはいうもののEUに正式加盟しておらず、サンマリーノ独自のパスポートを保有して、他国へ出るのだという。
普通に車でふらり~と入ってこられるのに、なんだか変な感じ。

もちろんイタリアの領事館も国内に存在する。車のナンバーももちろんサンマリノ。サンマリノから出る車は、RSMと書かれたステッカーを見える場所に貼る必要がある。

ちなみに車のナンバープレートはこんな風。

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サンマリノの国のカラーである白×アズッロ(水色)仕様。なんでも、これだとイタリアの公用道路に点在して仕掛けられている、速度違反をチェックするカメラにひっかからないとか…

郵便ポストも同様に…

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と、いろいろと面白い場所である。が、お料理などは、完全にロナーニャ風。ピアディーナなどなど。

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サンマリノの頂上にそびえたつ、2つのロッカ(崖の上に建つお城)。

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この2つのロッカを結ぶ崖の上には細い通路が造られているが、これは、パッソ・デッラ・ストレーガ(魔女の通り路)と言われ、その昔、ここで魔女裁判がなされたのだとか。この崖の上から魔女と疑われる人物をつき落とし、飛んだら魔女、そうでなければ………

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ぎゃー、こわい!! …今となっては素敵な見晴らし。

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ロッカを結ぶ城壁上部にある突起部分。平らなものは反教皇、尖がった三角のものは教皇派、を印すとされているが、サンマリノの城壁はこの両方が存在する。なんでもパパ(教皇)が通った際に急いでつけたものとか。三角型の城壁に近づくと、その突起部分の装着部分だけが色が違っていたりする。

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サンマリーノの国の人々のことは、サンマリネーゼと言う。静かで治安よく、とっても住みやすい。ここで生まれて育ったら、他国への移住など、考えられない、そうだ(サンマリネーゼ談)。

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チーズのお祭り『フォルマッジョ・イン・ヴィッラ Formaggioin Villa』  :: 2014/03/24(Mon)

『フォルマッジョ・イン・ヴィッラ(Formaggio in Villa)』と名付けられたこの食の祭典。場所はモリアーノ・ヴェネト(Mogliano Veneto)というヴェネツィアの北にある町にある、ヴィッラ・ブライダ(Villa Braida)にて。現在はホテルとして使用されている旧ヴェネツィア貴族の邸宅。まだ新しい企画にて、今年は4回目を数えるものだ。

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ヴェネトのチーズ、そしてイタリア各地より厳選されたチーズ製造業者が参加したこの祭典。3日間の会期中、様々な企画あり、非常に興味深いのだけれど、私が訪れたのは、日曜日の午後。夕方近くとあって、一番人手の多い時間帯だったのでは…。

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ものすごい人と熱気で初めは圧倒されながらも、だんだんと空気に慣れてきて、ゆっくりとひとつひとつのブースを見て回る。

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同祭典の音頭取りをしている人物が、アルベルト・マルコミーニ氏。イタリアチーズの伝道者として、全体をひっぱっている。

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チーズだけではなく、もちろんサラミやハムのコーナーも広くとられているし…

当然ワインも出展されているが、ここでは特に面白いのが、ビール。各地(といってもほぼ北限定)のビー酢を製造法を違えて多く紹介されている。数種を試飲したが、非常に興味深し。

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帰りの車のなかで、北上する羊さんたちの今夜の休憩所とされる草原に遭遇。頻繁に通る場所に思いがけずの羊の群れ。山の中の光景のようで、思わず車を止めてしばらく群れを眺めていた。

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春の兆しとともに、山方面へ行く途中なのだとか。総勢300頭強。2人の羊飼いに従う2頭の犬の働きっぷりには、大いに感動。羊さんたちをものすごく上手にまとめる献身的な犬の姿にいつの間にかどこからともなく集まってきた人たちと観入ってしまった。





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オデルツォ Oderzo :: 2014/03/21(Fri)

トレヴィーゾ県の町。トレヴィーゾの町からは北西に40Km弱のところ。

なだらかに続く平野の先にあるこの地は、リヴェンツァ川、ピアーヴァ川の流れに挟まれた、この土地の代表的な農作地帯でもある。もちろん、それらの川の流れはヴェネツィアのラグーナへ、アドリア海へ流れ込む。

ヴェネトのなかでも非常に歴史的にも意味のある土地であり、それは、この町の立地に特に縁由していること。西に古代都市アクイレイアを配し、北イタリアを横断するポストゥミア街道にてつながるクレモナやアドリア海とは反対側のリグリア海側、ジェノヴァ間の通り路でもある。

ヴェネトのなかでも最古ともいえる町といえ、古代ローマの自治都市社会国家として、古代ローマの時代、2世紀には50,000人の住人がいたともされる。名だたるその時代の学者たちの記述にも記されてもいる。

フン・ゲルマン諸族の侵入やイスラム勢力の横行した時代には土地の歴史・文化の成長も衰えていったため、古代のような繁栄した時代には戻ることはなかったが、14世紀に入り、他のヴェネトの町と同様にヴェネツィア共和国の傘下となる。

町のなかには、ローマ期の遺跡があちこちに残されている。現在みられるそれらは、その保存のために大層なお金を費やした形跡も。ただし、もちろん全形を留めているわけではないので、注意深く観る必要がある。

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フォロ・ロマーノ、古代の水路(用水路)の跡、計算されて造られた町の設計などが図解を混ぜながら見学できるようになっているが、どれも興味を持って留意して覗きこむ必要あり。

町の中は現代風にアレンジされた建物がこれも不思議な感じで存在する。現代建築家の要素を持ったものであるのが、手にとるように解るようなのもあれば、あちこちの建物の壁には古い壁画がまだ美しい状態で保存されていたりもする。

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外部は簡素だけれど、内部はそれとは想像よりもはるかに豪華なドゥオーモ。

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中世期のヴェネツィアを想わせるロッジャ。そして獅子。

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河の流れをどこにいても感じる町の造りは、あくまでもヴェネトの香りがした。

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この地に到着する前に立ち寄った、オデルツォよりも少し南の町のやはりトレヴィーゾ県内のオステリア。
130年も前から同地でレストラン業を営むご主人の建物。

内部の改装は約10年前に手掛けられたものだそうだが、地元の人たちの日常、そしてハレのお祝いごとなどに使われる場所。

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美味しいセコンドの肉類はシンプルながらジューシーにて、同レストランの裏にて育てられた豚さんをラディッキオのグリルとともにいただく。

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締めはティラミスにて。

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ポレンタの夕げ :: 2014/03/20(Thu)

北イタリア、特に私の住むヴェネトはポレンタを食べることでよく知られている地域。

そもそもは、小麦の生産じすらい土壌があってのことなのだろうが、ヴェネトとトウモロコシ(ポレンタ)食との関係は深い。

ヴェネトのトウモロコシ栽培の歴史はそれほど古いことはなく、戦中・戦後の頃にアメリカによって持ち込まれた種から栽培の本格化がされている。

トウモロコシは品種改良のターゲットとなりやすいのも、人間の食用であり、家畜の飼料にもなるものであるゆえ、大量商用栽培に変種の影響を受けやすいものともいえる。そもそもそれらは別種として栽培はされてはいるが、という前提にて、だが。

そのなかでも古代品種を守ろうという生産者の動きもあり、この夜はその決起集会的意味を持つ夕食会。

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ということにて、料理のメニューはすべてポレンタをベースに構成されている。

前菜には白トウモロコシと地元の熟成チーズ。ポレンタってこんなに美味しいの?!と以前に私が驚かされたシンプルなのに、魔法みたいな一皿。

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ポレンタ=クチーナ・ポーヴェラ(貧しい料理)としばしば言い換えられることの多いものだが、このポーヴェラ料理の代表みたいなのが、川及びラグーナの淡水魚(ヴェネトの大地はヴェネツィアのラグーナに流れ込む川の流れの恩恵を強く受けている)。
スキエschie(小エビ)、マゼラネーテmasenete(沢ガニ…みたいなもの)、モエーケmoeche(脱皮ガニ)、エビ類gamberi、バッカラbaccalà…。

今でこそ、ヴェツィア及びヴェネトを代表する素材であり、しかも高級素材。その昔は、沢で捕れる小魚たちであったもの。これらの素材とポレンタとの組み合わせは相性のよいもの同士。

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このセコンドに使われているポレンタの上に乗っかったフリットは、コイとコイの卵をポレンタを衣にして揚げたもの。
こちらは黄色い地元ポレンタ。これも驚くほどに香り高い。

ポレンタを使ったパスタ2種、さらに続くポレンタも姿を変え、形を変えてワインを合わせながらの興味深い皿が並んだ。

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最後に出されたドルチェももちろんポレンタ。

白ポレンタを使ったザエティ。

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ポレンタのトルタ。

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そして、揚げたポレンタと合わせたイチジク。これの組み合わせが非常に絶妙で、この日のドルチェの一番の人気者。揚げたてのカリッとしたポレンタの食感と、柔らかく煮たイチジクが非常によく合う。

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原材料、そしてそれらを使っての料理担当者、提供されたワインなどなど、それぞれの分野のこの夜の協力者たち。

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この会場に使われたパドヴァ郊外のアグリトゥーリズモでも、守るべきトウモロコシの品種の栽培に協力している。
よく近くを通っていたこの場所に、見落としていた素敵な空間。美味しい料理と温かい空間とそして同じテーマを共有する人々との時間は、何にも変え難い貴重な時間だ。

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素敵な時間と空間をありがとう、と心から思った夜。




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カフェ・ペドロッキの再出発 :: 2014/03/18(Tue)

パドヴァの街において、歴史ある最たる由緒正しき場所、カフェ・ペドロッキCaffè Pedrocchi。

1831年に創業者のアントニオ・ペロドッキによって始まったパドヴァのカフェの歴史は、街の歴史、文化、そしてパドヴァ大学の学生の歴史ともきっては切り離せない。カフェという存在は、もちろん単なるコーヒーを飲む休憩所としては言いきれることなど到底できない。イタリアそれぞれの街の持つカフェ文化の重要な位置づけに街の歴史が重なりあう。

カフェ・ペドロッキCaffè Pedrocchi⇒こちら

ペドロッキの持ち主は、長い間パドヴァ市の管轄にあったが、ここ数年は特にその経営に関して様々な経緯があり、昨年とうとう民間の手に渡ることとなった。新しいオーナーはホテル経営のミラノの会社となった。

パドヴァの人にとっては、なんとなく寂しい気分もするが、カフェの現在そして未来のためには、こうするのがよかったのかどうなのか…はまだ解らない。

とはいうものの、街のシンボルが健常に存在を続けることは至要たること。

そのために、内部の組織変え、そして長く手をつけられていなかった改装などもこの機に行われることとなり、冬季間、2か月の休業期間をおいた。
街の中心にあるペドロッキの門が閉められているのは、なんとも寂しい景観であったが、春を迎えるかのごとく、先週の日曜日、再オープンを果たすことに。

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好天にも恵まれ、関係者をはじめ、町の人たちが再開を喜ぶかのようにカフェに集う。満員御礼なり。

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春らしくも中心に飾られた花とお菓子が文字通り華を添え、人の流れが絶え間なく続く。

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グランドオープンはもうしばらく先、5月8日を予定しており、その頃には新しくパスティッチェリアも併設され、今まではランチしかなかった食事のサービスを夜にも拡大予定。

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大学とゆかりのあるカフェの歴史を踏まえて、大学生には、水とカフェ・アメリカーノを無料提供する、と公表もしている。

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「カフェ・センツァ・ポルタCaffè senza porta=扉のないカフェ」いわゆる誰にも開かれた公共の場であるカフェ、というフレーズはパドヴァーニ(パドヴァの人)に著聞なフレーズ。

しばらく扉を閉じていたシンボルが再度皆を迎え入れてくれることは、嬉しい春の便りでもある。

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