パドヴァのとっておき。

北イタリア・ヴェネト州パドヴァより、料理や季節のおいしい情報を中心に、日々のできごとを綴ります。



スポンサーサイト :: --/--/--(--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  1. スポンサー広告
じゃがいものニョッキ :: 2015/06/30(Tue)

いつもお世話になっているロッサーナに、じゃがいものニョッキを習う。

私も自宅で頻繁につくるこの定番メニュー。彼女のそれはとても旨い、と長らく自ら自負していたもの。ようやくそれをお披露目してもらうこととなった。

DSC_0070_convert_20150630131634.jpg

材料も作り方もシンプルなだけに、仕上がりまでにはいくつかのポイントをクリアしている必要がある。それが旨いニョッキの秘訣。

まずは、ジャガイモ。水分の多い新ジャガはNG。水分のとんだホクッとしたジャガイモを選ぶ。

そして、茹でるのではなくて蒸す。圧力鍋などあればベスト。

イモに火が入ったら、熱いうちに皮をむき、そして裏ごす。ここは肝心で、熱いところを我慢して作業すること。イモが冷めてからこれを行うと、粘りが出てしまうから。

ここで粗熱をとって、粉を加えていく。ここではしっかり冷ますこと。湯気の出ている状態だと、余分な粉を含んでしまう。とにかく大切なことは、加える粉をいかに少なく仕上げることか、だ。

DSC_0052_convert_20150630131746.jpg

粉とイモを混ぜ込んでいく。パスタを打つときのように練りこまず、あくまでも混ぜ合わせる。

適度な大きさをとりわけ、棒状にのばしてから端からひと口大に切る。

DSC_0069_convert_20150630131625.jpg

DSC_0072_convert_20150630131802.jpg

この後はどう仕上げてもよい。切りっぱなしでもよいし、リーゲ(線)をつける板に転がして、フォークのカーブを使ってもよし。好みの形に仕上げていく。もちろん形づくりのためだけではなくて、ソースがのりやすいように溝をつけることが一番の目的。

DSC_0097_convert_20150630131834.jpg

彼女の方法は、チーズのおろし金の裏側を使用。2本の指で軽く押しつけながら滑らせてニョッキの表面に溝をつける。彼女のマンマからの直伝。

DSC_0099_convert_20150630131855.jpg


茹で上げたニョッキはトマトソースと合わせて。シンプルでメニューの目新しさ、ということとは異なる。
…が、自慢の一皿、というだけのことあり。

DSC_0120_convert_20150630131940.jpg

美味し!!




スポンサーサイト

テーマ:イタリア - ジャンル:海外情報

  1. Corso di cucina/料理教室
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
ロミオとジュリエットのお城 @Montecchio Maggiore :: 2015/06/07(Sun)

シェークスピアで御馴染みの『ロミオとジュリエット』の物語の舞台は、ヴェローナとされているが、ここヴェネト州のヴィツェンツァ県、モンテッキオ・マッジョーレに両家のお城がある。

ヴェローナ県の境目にある小高い丘を有する街、モンテッキオ・マッジョーレという場所。

ヴェローナの街にジュリエットの家があるのは有名だが、このはずれの小さな丘陵地帯に、彼らの城があるのは、実はあまり知られていない。

話の真相は実話なのか、それとも逸話なのか…とは言及できないが、ロミオもジュリエットも実在の人物で、そしてその当時に教皇vs.皇帝派とで敵対する両家が存在していたのは事実。そこで起こった事件を1500年代にシェークスピアが壮大な物語に起こした、ということになっている。

モンテッキオ・マッジョーレの街の中心から少しはずれで坂を上っていくと、モンテッキオMontecchio家の、ロミオの城がある。外壁を残し、内部は空間になっていて、今は野外テアトロとして使われている。

DSC_0168_convert_20150607191628.jpg

DSC_0166_convert_20150607191607.jpg

塔に登ると全方角が一望できる。

DSC_0161_convert_20150607191521.jpg

ここに示されているのは、この地区を囲む山岳地帯に続く山々。ロミオやジュリエッタがいた時代よりも、もーっと現代に近く遡ると、彼らの時代よりもさらに壮絶な人間同士の戦いが繰り広げられることになる。
第一次大戦中に激戦区であったことを表す看板。

DSC_0164_convert_20150607191537.jpg

今は穏やかな風景が、一時代には、人々の憎しみ合いの中心地であったのだ。

さて、モンテッキオ家の城を出て、そこから少しさらに坂を上っていったところがカプレーティCapleti家、ジュリエットの城だ。歩いてほんの10分程度の距離。

DSC_0189_convert_20150607191742.jpg

DSC_0173_convert_20150607191649.jpg

ここもほぼ壁を残すのみだが、一部残った建物はレストランとして使われている。

両家の城とは歩いてもいける距離感にある。それらはおよそ1000年ほどの時代のものとされ、年月を経るに連れ、ヴィツェンツァ→ヴェローナ→ミラノ→ヴェネツィアという支配下に置かれている。

1400-1600年代のヴェネツィア共和国下の時代の際に、ヴェネツィア対主に教皇軍との戦い『Lega di Cambrai/レーガ・ディ・カンプライ』によって、建物は大きく破壊された。

その後、長い期間放置されていたが、20世紀に入り、ヴィツェンツァの観光協会により、修復されたもの。

建物の上に登ると、ひと山向こうにロミオのいたモンテッキオ家の城が見える。

DSC_0176_convert_20150607191707.jpg

ここからジュレッタはロミオに想いを馳せていたのだろうか…





テーマ:イタリア - ジャンル:海外情報

  1. Veneto/ヴェネト州
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。