パドヴァのとっておき。

北イタリア・ヴェネト州パドヴァより、料理や季節のおいしい情報を中心に、日々のできごとを綴ります。



オヴェターリ礼拝堂Cappella Ovetari(エレミターニ教会) :: 2011/01/11(Tue)

同礼拝堂は、パドヴァの主要教会のひとつ、エレミターニ教会Chiesa degli Eremitaniの主祭壇右脇にある。これが主祭壇。

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ここは同教会の最大の見所である、アンドレア・マンテーニャAndrea Mantegnaの貴重なフレスコ画が残されているところ。…といっても現在は修復中で、見えるのはその壁画の一部なのだが。

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これは、1449年にアントニオ・オヴェターリAntonio di Biagio degli Ovetariの未亡人の意を受けて描かれたもの。主に、『聖ヤコブの殉教』『聖クリストファロの殉教』、『キリスト受難』などの作品に対し当初、着手した画家としては、ジョヴァンニ・ダッレマーニャGiovanni d’Alemagna、アントニオ・ヴィヴァリーニAntonio Vivarini、ニコロ・ピッツォロNiccolò Pizzolo、アンスイーノ・ダ・フォルリAnsuino da Forli、そして、マンテーニャだった。しかしながら最後まで仕事を果たし終えたのは、マンテーニャのみ。色を巧みに利用し、登場人物の表情を豊かに、空間を熟知した繊細かつ大胆な作品となっている。絵の中の灯りが本物と見間違うかほどの信憑性があったという。

ちなみに1786年にパドヴァを訪れたドイツの詩人ゲーテは、このマンテーニャの壁画を見て、その芸術性の高さに大変に感動したことを手記に残している。

このエレミターニ教会には、パドヴァの貴族であり領主、カッラーラ家の当主の墓や当時の有力者(政治的及び金銭的)の豪華な墓が埋葬されている。

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特に1300年代前半のカッラーラ家当主のヤーコポ・ダ・カッラーラJacopo da Carraraは、フィレンツァを追われてパドヴァに辿りついた詩人のフランチェスコ・ペトラルカを大変厚く保護し、互いの親交が深かった、ということからも、彼の墓の下にはペトラルカが捧げた碑文が刻まれている。

これは1944年3月の第2次世界大戦中に爆撃されて崩壊いた当時のエレミターニ教会の写真。こうして多くの歴史的価値ある遺跡が壊されてしまったのは非常に残念だ。

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