パドヴァのとっておき。

北イタリア・ヴェネト州パドヴァより、料理や季節のおいしい情報を中心に、日々のできごとを綴ります。



ペトラルカの家 Casa del Petrarca :: 2012/09/01(Sat)

アレッツォ生まれの詩人、フランチェスコ・ペトラルカは晩年をパドヴァで過ごしている。その最期はこのアルクア・ペトラルカというパドヴァの丘陵地帯の中腹に位置する小さな町。1360年代から10年間を過ごしてその生涯を閉じた。

小さな町は1300年代からの造りの建物が並んでいる。

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パドヴァの領主、カッラレージ家に、特に彼と同時代に生きたヤコポ・ダ・カッラーラJacopoⅡ da Carraraとの親交が深い。

現在、パドヴァのチェントロにあるエレミターニ教会の墓石にもペトラルカが彼に捧げた詩が刻まれているが、この現在残っている彼が晩年を過ごした家もカッラレージ家の夏の避暑用の別荘になっていたものをペトラルカに提供したものだ。
こちらがその正面。

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建物のオリジナルは1200年代、1500年代から建物の補充がされて1600年代のフレスコ画も今に残る。

ペトラルカのここでの生活は大変に静かで安らぎのあるものだったといい、同家に訪れるのも近しく信頼のおける友人、そして家族、親戚類であった。

ペトラルカの亡き後、長年に渡り持ち主は変わっていったが“詩人の家”として大切に扱われ、1500年代になり前述のように壁のフレスコ画などが施されてほぼ現在見られる姿となっている。その後さらに何人かの手に渡ってきたが1875年以降、パドヴァ市の所有となる。長い年月を経てもペトラルカの心事を受け継いで今に至っているのは歴史的な建造物を残す上でも、彼の人物像を残すうえでも、非常に貴重なことのように思う。

1300年代にはヴェネツィアのドージェ(総督)が集まる集会の場でもあったことなどから、この地は歴史的にも重要な場所であったようだが、現在のこの土地の名、アルカ・ペトラルカというのはもちろん、彼にちなんで彼の死後に名付けられている。

街は小さいがその家並みは非常に美しくて造りのオリジナルが残る。小高い場所にあるこの薬屋さん。おそらく長~いことここは薬屋として続いてきたのだろうと想像する。

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町の教会には彼の墓石も。

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この土地はジュッジョレというナツメが有名な土地で、同地には至るところにこの木が見られ、ブロード・ディ・ジュッジョレ(ジュッジョレをアルコールと砂糖に漬けたリキュール)が有名。

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ペトラルカの家----記事感謝いたします。ショーペンハウアーの本で逸話を2,3読みました。http://panse.livedoor.biz/archives/51999732.html
Si quis toto die currens pervenit ad vesperam satis est.
「誰しも1日じゅう駆け通して夕暮れに到着するならば、こころ満ち足りるであろう」--ペトラルカ
  1. 2012/12/05(Wed) 18:18:48 |
  2. URL |
  3. 安倍 ⇒「日本を取り戻す選挙だ!」 #beEFP/QA
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