パドヴァのとっておき。

北イタリア・ヴェネト州パドヴァより、料理や季節のおいしい情報を中心に、日々のできごとを綴ります。



スポンサーサイト :: --/--/--(--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  1. スポンサー広告
ヴィッラ・ピサーニ Villa Pisani :: 2016/01/17(Sun)

パドヴァからヴェネツィア方面に向かい、ヴェネツィア県のはじめの町、ストラにある貴族の館。

IMG_3667_convert_20160117182215.jpg

ヴェネツィア共和国時代、1300年代に商人(ヴェネツィアの貴族はイコール商人でもある)として、それもヴェネツィアでも力のある代表的な一族であるピサーニ家によるもの。1400年代に入り、その時代のヴェネツィアの他貴族と同様に、本土、いわゆるテッラ・フェルマに移動してきて、そこに大きな別荘、または邸宅を広大な敷地に建てる、という風潮にのり、パドヴァの土地に建てた邸宅だ。

建物の完成は1700年。ピサーニ家が最も繁栄した時代に当主としていたのは、アルヴィーゼ・ピサーニ(Alvise Pisani)。彼がヴェネツィア総督となったのが1735年であるから、まさしく一族の栄華の結晶ともいえる。

ただし、この時代は、ヴェネツィア共和国終焉が見えていた時期でもある。最終的には同国を降伏させたナポレオン・ボナパルトの手に渡る。それが1807年。ヴェネツィア共和国がナポレオン率いるフランス軍の手により崩壊したのが1979年。

ちなみに、同邸宅には、ナポレオンが宿泊した部屋が残されており、使用したベットもある。ただし、ナポレオンは決して横になって眠ることがなかった、と言われており、枕を高く重ねて背もたれにして、靴をはいたままだった、と聞く。

こうして、王族の持ち物となったこの建物は、その後もオフィシャルな客人を招くこととなる。オーストリア王女マリアンナ・カロリーナ、スペイン王カルロIV世、ロシア皇帝アレッサンドロI世、ナポリ王国王フェルナンドII世、ギリシャ国王オットーネ…等々。

これは、モデナ公国王女が宿泊した部屋。

IMG_3646_convert_20160117182004.jpg

この時代の浴室や…

IMG_3647_convert_20160117183524.jpg

晩餐用のテーブルセットには、贅沢な空気が感じられて、この時代にこのテーブルに座った人たちはどんなだったのだろう…と想う。

IMG_3634_convert_20160117181815.jpg

とはいえ、だんだんとその機能もなくなり、邸がさびれてくる一方となったところで、1884年に博物館として邸の修復及び保存がなされる。

その後は、詩人ワーグナーなどの文豪家、ムッソリーニやヒトラーなどの時の政治家なども同邸を訪れている。

IMG_3631_convert_20160117181745.jpg

IMG_3639_convert_20160117181903.jpg

IMG_3641_convert_20160117181926.jpg

壁画で有名なのは、舞踏用の大広間の天井に描かれたティエポロ画。ピサーニ家の栄華が題材とされている。

IMG_3648_convert_20160117182025.jpg

この部屋には、この時代に建てられた多くの郊外邸宅に見られるような壁に描かれただまし絵的な技法も。部屋を大きく見せるために、壁に直接柱や窓が描かれ、遠近法をつかって、うまく奥行きのあるように見える。

邸の裏手には、大きな庭園が。正面に見える堀と向こうに立つ建物の美しさ。ピサーニ邸の贅沢さを象徴するような庭だ。正面の大きな建物は、この堀との風景の対象のために造られたものにて、実際の機能はほとんどない、という。

IMG_3652_convert_20160117182046.jpg

邸宅を逆方向からみると…

IMG_3657_convert_20160117182104.jpg

この庭園の周囲(もちろん邸宅敷地内)には、奥に柑橘の苗のコレクションのある小庭園、植え込みの迷路があったりする。冬場の現在は、閉ざされているが。

この邸の建つ位置は、ブレンタ河岸。この河は、ヴェネツィアからパドヴァを結ぶ重要な水の流れ。商業的な意味もあるが、特にここをヴェネツィアの貴族達を夢中にしたのは、その流れの穏やかさと、長く続く河岸の美しさ。

ヴェネツィア共和国の数多くの貴族が、この河辺にこぞって邸宅を建築した。それは、自宅または別荘として使われるのだが、とにかく、水路が交通手段の中心であった時代。水面を正面に建てられるそれらは、その正面玄関を豪華に、美しく造り上げることで、その一族の裕福さを露呈するための手段でもあった。

IMG_3660_convert_20160117182148.jpg

河辺の景観を保つためにも、ヴェネツィア政府は、貴族のみがこの河辺に建物を建ててもよい、という条例が発せられてもいた。そして、この河辺に多くたつ、この時代の建物は、ヴィッラ・ヴェネタといって、他ヴェネト州に点在する約40点の美しい建物とともに保存の対象となっている。

IMG_3671_convert_20160117182238.jpg

ヴェネトの栄華はヴェネツィアの栄華でもある。晴朗きわまる所=セレニッシマという異名も持つ、ヴェネツィア共和国の、当時の伝統や文化、慣習は現在でも脈々としている。

IMG_3672_convert_20160117182306.jpg

Museo Nazionale di Villa Pisani
Via Doge Pisani 7 - 30039 Stra (Venezia)


関連記事


テーマ:イタリア - ジャンル:海外情報

  1. Veneto/ヴェネト州
  2. | trackback:0
  3. | comment:0
<<ゼロブランコのラディッキオ収穫祭 Mostra del Radicchio di Zero Branco | top | NHK 「SWITHインタビュー達人達(たち)」 1月16日(土)22時より>>


comment

comment


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://violamasako.blog83.fc2.com/tb.php/863-399ffea8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。